2015.01.31 大叔母の結婚
昨夜、京都から帰ってきました~。
京都はですね、東北人親子をゲンナリさせるほど、かーなーり寒かったです。。。
雪もチラついてましたしな。京都盆地の冬はあなどれない…。
まぁ京都滞在のほとんどを喪服で、そして寒いお寺にいたせいも多少あるでしょうが。

さてさて、今回94歳で死去した大叔母の判明した過去。
「実は恋愛結婚ではなかった」ということ。
大叔母の性格を考えると、これには皆(喪主だった娘含め)ビックリ。

大叔母は大正生まれで、女学校を卒業後、山形から上京。
丸の内でOLをしつつ洋裁学校に通い、自作の洋服で「モガ」(モダンガールの略。大正末期から昭和初期頃に、西洋文化の影響を受けて新しい風俗や流行現象に現れた、当時は先端的な若い男女のこと)として銀座を闊歩していた。
そんな先進的な彼女だったので、京都出身の軍人だった旦那さんとは東京で知り合い、恋愛して結婚した、と皆思っていた。

実際は、「写真見合い結婚」ということが判明。
写真だけで相手を選び、相手と一度も会わないまま、結婚を決めたらしい。
ほとんどの人が親の意向で結婚相手が決められていた時代、ある意味、それも先進的な気もするが…。

大叔母の旦那さんは当時、実際に軍人で、太平洋戦争時、東京本陣を守っていた。
しかし戦況が悪化するにつれ、「独身者は本陣を、家族のいる既婚者は東京郊外の守備にまわす」という話を聞き、旦那さんの父親(大叔母から見ると未来の舅)が、息子の身を案じ、商家の跡取りということもあって結婚をせかす。
→旦那さんは知り合いに頼み、写真見合いでテキトーに好みの女性を選択。
→同じ頃、結婚適齢期を迎えてアセっていた?大叔母と、写真上で互いの好みが合致し、婚姻合意。
ということらしい。

大叔母は一人で婚姻届にサインをしたら、じゃあ今夜、相手の実家がある京都行きの夜行列車に乗ってねと言われ、東京の軍人と結婚したとばかり思っていた大叔母はかなりビックリしたとか。
写真見合い結婚て、相手の細かい話は全く知らされていないのね…。

既婚者となった旦那さんは本陣の守備から外され、東京大空襲で命拾い。
よく分からん成り行きでやってきた嫁に、商家の姑はだいぶ厳しかったらしいが、舅は「アンタが写真で選んでくれへんかったら息子は死んでいた。息子の命を救ってくれた恩人」と大切にされたとか。
戦争が終わってからようやく一緒に生活を始めた夫婦の仲は、ずーっと良かったみたい。

ちなみに、このお話は大叔母の旦那さんの甥が、何かの拍子に本人から数年前に聞いたんだそうで、今回初暴露。
いやぁ、人生に歴史あり、ですなぁ。

しかし突然、知らん土地に行け(しかも京都の商家)っていう結婚、自分だったら確実にウツになるわー。


今日の画像:京都タワー。
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異質なもの、異質なことも、年月が経つことで徐々に受け入れたり、消化したりするものなのか…。



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